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静岡地方裁判所 昭和34年(わ)26号 判決 1963年5月06日

主文

被告人鈴木昭司、同堀田昭夫、同甲賀一之、同三枝四郎を各懲役二月に処する。

但し、被告人四名に対しいずれも本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人四名の連帯負担とする。

本件公訴事実中住居侵入の点は被告人四名いずれも無罪。

理由

(被告人らの地位及び事件発生に至るまでのいきさつ)

一、全逓信労働組合(以下全逓と略称する)は、郵政労働者を以て組織する労働組合であつて、中央本部、各地方郵政局相当地域毎に設けられる地方本部、都道府県毎に設けられる地区本部及び右地区本部で設置を定める支部から構成され、結成以来活発な組合活動を行つて来たが、昭和三〇年五月北海道洞爺で開催された同組合第七回全国大会(洞爺大会)において、同組合の同年度闘争目標としての具体的行動方針の重点は賃金闘争と労働条件の改善と諸権利を守る闘争(権利闘争)にしぼられ、権利闘争いわゆる点検闘争については、現在までの協定協約が守られているかどうかの点検を行い、更に既得権の確保、よい職場慣行をつくること、ここから苦情処理或は協定協約の改正要求をもり上げることにあるとし、同年七月二三日全逓中央執行委員長名義で各地方本部、地区本部に対し「点検闘争を実施するについて」と題する文書(全逓企第二四号)を以て、右点検の対象は主として特定郵便局と思われること、点検の目的は労働基準法違反その他の不正を職場から完全に締め出し、よりよい労働条件と職場環境を作ること、このことは増員闘争や予算よこせ闘争に発展させねばならぬものであること、点検の対象となる事項は勤務時間、休憩時間、時間外労働、年次休暇などに関する事項が守られているかどうか、強制労働、雇傭契約違反の有無及び暴行、脅迫その他精神的肉体的に自由を拘束されていることはないかなどであること、点検によつて労働基準法、就業規則、労働協約等に違反する事項、会計法上の不正事項などが判明した場合はこれを団体交渉に移し又は労働基準監督署に申告すること若くは官憲に告発すべきであることなどを連絡した。この趣旨に基き、同労組下部組織は、各地でその対象であると思料する郵便局に対し点検を実施してきたが、更に全逓中央本部は、同年一一月右闘争を一段と強化すべき旨指令し(同年指令第七号)次いで同三二年八月従来の闘争指導及び行動について批判し、その指導方針に検討を加え闘争強化の要綱を指令(同年闘争指令第一二号)し、右点検闘争を推進してきた。しかるに郵政省は、同三三年四月二八日、同組合が同年春期闘争に際して勤務時間内職場大会等の争議行為を計画指導したとの理由で、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第一八条に基き、全逓本部中央執行委員長、副委員長ら三役を含む組合幹部七名を解雇し、続いて同年七月新潟で開催された同組合全国大会(新潟大会)が、右被解雇役員らを中央本部役員としてそのまま再選したことから、右被解雇者を役員としたことは公労法第四条第三項に違反し、従つて同組合は労働協約締結権能を有する適法な代表者を欠くこととなつたから、協約締結を目的とする団体交渉をすることは無意味なものとなつた、又前記春季闘争で違法な争議行為を行い、またまた全国大会で被解雇者を役員に再選するなど組合の法律無視の態度が顕著であり、かかる状態よりすれば、郵政省又はその下部機関が、たとえ全逓又はその下部組織と団体交渉を行い労働協約を締結したとしても、その遵守、履行について充分の信頼を措き得ない、つまり団体交渉(従つて又労働協約締結)の基礎であり且つ前提である相互の信頼関係が失われて了つたのであるから団体交渉を行つても意味がないとして、同年七月以降中央・地方ともに組合との団体交渉を拒否する態度に出た。このため、全逓も団交再開闘争を以てこれに対抗することとなり、その後前記点検闘争は右団交再開闘争の一環としての意義をも有することとなつた。而して、全逓中央本部は、同年八月三〇日中央執行委員長名義で団交再開闘争の強化を下部組織に指令(同年指令第三号)し、又同年一二月二日年末闘争と関連して団交再開闘争のための闘争宣言を発するに至つた。

二、全逓静岡地区本部は、全逓の下部組織として静岡県下の郵政労働者を以て組織され、昭和三三年頃は同県下郵政労働者の九七・八パーセントに当る約四七〇〇名の組合員を擁していた。被告人鈴木は右地区本部執行委員会書記長、被告人堀田、同甲賀(旧姓岡村、以下現姓で表示する)、同三枝はいずれも同執行委員会執行委員で、同県下における点検闘争その他同地区本部の組合活動を指導・実行していたが、同地区本部は、昭和三三年七月熱海における地区大会において同年度も点検闘争をその運動方針とすることを定め、更に前記指令第三号を受けて同年一一月末頃地区本部戦術会議を開き、同年一二月初頭から一層積極的な点検闘争を各職場において展開し、特に問題のある職場については地区本部執行委員会がこれをとり上げて実施する旨討議決定した。

三、その頃、静岡市内の特定郵便局員のうちに全逓を脱退し、全国特定郵便局従業員組合(以下全特定と略称する)に加入して同組合静岡支部を結成しようとする動きがあり、同市安西郵便局員石川正雄、大谷郵便局員島崎茂元、井宮郵便局員牧野某、手越郵便局員沢村春夫、長沼郵便局員小林某らが中心となつて、ひそかにその職場の従業員及び同市内の特定郵便局員に全逓脱退・全特定加入を勧誘し、同年一二月初め頃には、安西郵便局石川正雄が同局員伊藤君枝、同栗田ヨシ江、同杉山悦子(同局々長並びに全逓未加入の加藤節子を除く同局員全員)から全逓労組脱退届を託されたのを含め静岡市内において約三〇名の全逓脱退賛同者を得、全特定静岡支部結成も間近い情勢にあつた。これに対し、全逓静岡地区本部もこのような状勢を察知し、同人らの全逓脱退を阻止しようとして、同月五日正午過ぎ頃全逓脱退の趣旨説明のため同市東若松町郵便局に赴いた前記島崎茂元、沢村春夫を、折柄同郵便局に来合せた被告人鈴木、同三枝を含む約一〇名の全逓労組員が取り囲み、島崎が所持していた全逓脱退趣意書につき同人を難詰し、更に「こんなやつを相手にしていてもはじまらんから局の点検闘争をやろう、お前たちの局は不良局だから点検闘争をやつてもよい」などと申し向けて全逓脱退の翻意を促し、次で同日午後二回に亘り前記安西郵便局に全逓地区本部・支部役員らが訪れ、同局員に残留説得を試みるなど同組合脱退阻止に努めていた。

四、以上のような状勢の下に、同年一二月五日夜、全逓静岡地区本部は、執行委員会を開いて管内で点検を実施すべき対象局とその具体的方法について協議し、翌六日(土曜日)同市内大谷郵便局・安西郵便局を、同月八日(月曜日)有度郵便局を対象としてそれぞれ点検を実施すること、大谷局については出勤関係不良との情報に鑑み主として朝の出勤時刻について点検を行い、その後退庁関係・超過勤務関係等の点検を目標に勤務終了時刻頃安西局に赴くこと、右両局の点検実施にあたる者は、同地区本部役員である鈴木書記長、堀田、甲賀、三枝、大石各執行委員及び右両局に対応する下部組織駿河支部の杉村支部長、石垣青年部長とすることなどを決定した。

五、翌同月六日朝、右七名は同地区本部事務所に集合し、点検実施は地区本部役員らが担当し、支部役員は道案内をすることなどの分担を定め、同日一〇時半頃、前記大谷郵便局に赴いて同郵便局長島崎清に面会を求め、同局事務室において、折柄同局長がどてら姿であり且つ局員である同局長夫人が買物に出て在局していなかつたことからその勤務態度を難詰し、又休暇整理簿を点検し、更に室内整理戸棚の上に無余白通帳が存置されているのを発見して、その規則違反を責問すると共にその旨を郵政監察支局に連絡するなどした後、同一一時四五分頃、一応大谷局に対する点検を終了して全員同局を退去し、タクシー二台に分乗して安西局に向つた。

六、同日午後〇時一五分頃、被告人らを含む前記七名は、同市安西三丁目六四番地所在安西郵便局前に到着し被告人鈴木を先頭に相次いで同局表入口より公衆室(公衆溜り)に入り、そのまま局内東側公衆電話室の同室から事務室に通ずる入口附近に到つた。同局長伊藤淳平は、折柄土曜日のため正午で締切つた現金集計中であつたが、被告人らの右行動に気づき直ちに右事務室入口附近に赴き、事務室に入ろうとしていた右鈴木に対し両手を前に拡げるようにして「入つては困る。出て行つてくれ。」「今、金を計算しているから、話があるなら後にして貰いたい」などと申向けてその入室を拒んだものの、被告人らが「何故入れない。」「俺達は金をとりに来たんじゃない。」など云いながら、被告人鈴木が先ず押し入るようにして同事務室に入り、続いて他の六名も入室したので伊藤局長は自席に引き返して再び現金の集計事務にとりかかつた。入室した被告人らは、それぞれ右局長を取囲むようにして席を占め、交々「何故上つてはいけない」「金盗りに来たんじやない。我々を強盗呼ばわりするな」などと云つて同局長の入室拒否の態度を難詰し、又、被告人堀田において「この野郎、全逓を甘くみるな」同鈴木において、「局長の不当労働行為は確証があるんだ。てめえがやらしただろう」と申し向け、更に被告人鈴木は同局長に出勤簿の提示を要求したが、折柄被告人三枝において出勤簿を伊藤君枝の事務机上に発見して手にしたところ同局長がこれを取り上げて自席の後方に隠したため、「何故隠すんだ」と云いながら、同局長の傍らに詰め寄つた。

(罪となるべき事実)

被告人鈴木、同堀田、同甲賀、同三枝は、石垣隆司と共に、同日午後〇時三〇分頃より、前記安西郵便局事務室内において、同局局長伊藤淳平に対し、前記の如く出勤簿の提示を要求して、同局長を取り囲むようにし、被告人鈴木において「出勤簿を出せ」「局長、てめえ何故局員に帰れと云わない。そんなことが云えないのか。それでも貴様局長か」などと申し向けながら手指を以て同局長の額を押し、被告人堀田において所携の腕章を以て机を叩き、被告人甲賀において机上の算盤を振り上げ或いはこれをがちやがちやさせるなどして気勢を挙げ、更に、被告人鈴木において、同局長の腕を強く引張り、なおも出勤簿の引渡しに応じようとしない同局長に対し「身体を張つて来たんだ。命なんか欲しくない。お前がいつまでも頑張つているならおれも頑張るからそのつもりでいろ」と申し向け、続いて同被告人が無断で書類戸棚を開けようとしたため、これを阻止しようとした同局長が立上りながら出勤簿を小脇にはさむや、他の被告人らにおいて、右出勤簿を同局長から奪い取つて同室内床上に投げすて、これを拾い上げようとする右局長の前後から被告人鈴木、同甲賀、同三枝らにおいて、その身体を取押え、手を引張るなどし、以て数人共同して、右伊藤淳平に対し同人の身体に危害を加えるような気勢を示して暴行、脅迫を加えたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、本件被告人らの行為は、労働組合法第一条第二項に該当する正当行為であつて罪とならない旨主張するので、この点を前記有罪認定事実について検討するに、被告人らの安西郵便局事務室内における行動は、後記住居侵入の公訴事実に対する判断において説示するように、点検と云う一つの組合活動として為されたものとみるべきであるところ、点検活動自体は、その内容・性質に徴し公労法第一七条所定の所謂争議行為に該らないと解すべきであるから、労働組合法第一条第二項の適用があるものと解するのが相当であるが、他面同条項は、労働組合の団体交渉その他の行為について、無条件に刑法第三五条の適用があることを規定しているものではなく、それらの行動において刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に該当する行為が行われた場合、常に必ず刑法第三五条の適用があり、かかる行為のすべてが正当化されるものと解すべきでないことは、既に最高裁判所判例(昭和二二年(レ)第三一九号昭和二四年五月一八日大法廷判決参照)が示しているとおりであつて、これを被告人らの本件暴力行為等処罰に関する法律違反と認める行為についてみれば、たとえ後記住居侵入の公訴事実に対する判断において説示するような事情並に状況のもとにおいて、伊藤局長に出勤簿等の提示を求め、ひいては労働条件に関する説明乃至は交渉を求める点検のためのものであつたとしても、その行為が前示認定の如きものである以上それは社会通念上許容される範囲を逸脱し、刑法第三五条の正当の行為とは謂いえないものであり、労働組合法第一条第二項但書にいう「暴力の行使」に該当するものと解されるので、被告人らの行為は犯罪の成立を阻却するものではない。

二、更に弁護人は、被告人らの本件行為は、その目的が正当であり、その手段方法において必要であり、その事情において相当であり、且つ被告人らの右行為により侵害せられた伊藤局長の個人的法益に比し、これにより被告人らが守らんとした組合員利益の法的価値の方が遥かに大であるから、被告人らの行為には所謂超法規的違法阻却事由が存する旨主張する。なるほど、或る行為が或る犯罪構成要件に該当し、一応その違法性の存在が推認せられる場合であつても、その行為が社会共同の秩序と社会正義の理念に照らして責むべきものでなく全法律秩序の精神に反しないと認めうるようなものであつた時には、謂わば超法規的にその実質的違法性が否定されることがあり得ることは肯認するに難くない。しかし被告人らの前記暴力行為等処罰に関する法律違反に該当する行為は、たとえ後記のような当時の総ての事情・状況を併せ考えても、その行為の性質、態様からみて、未だ社会共同の秩序と社会正義の理念に照らして責むべきものでないとは解せられず、超法規的に違法性を阻却さるべき行為と断定することはできないから、弁護人のこの点に関する主張も採ることができない。

(法令の適用)(略)

(本件公訴事実中住居侵入の点に対する判断)

被告人らに対する本件住居侵入の公訴事実は「全逓信労働組合静岡地区本部役員である被告人四名は、大石芳明外二名と共謀の上、昭和三三年一二月六日午後〇時一五分頃静岡市安西三丁目六四番地所在の安西郵便局において、その管理者である同局長伊藤淳平が、両手を拡げくり返しその立入を拒否したにも拘らず、これを押しのけ故なく同局事務室内に侵入したものである」というにある。而して前掲各証拠によれば、判示冒頭の如く、被告人らが昭和三三年一二月六日午後〇時一五分頃、安西郵便局事務室内に立入つた事実が認められる。

ところで、人の看守する建造物に立入つた行為が、住居侵入罪を構成するかどうかは、その立入の目的並に必要性、手段、態様、場所的関係、立入つた者と建造物看守者との社会的・身分的関係、看守者の立入拒否の有無及びその当否などの諸要素を相関的に衡量評価し、総合考察して決すべきであるが、殊に被告人らの立入行為は後記のように被告人らの組合活動に基くものであることが認められるので、これが刑法第一三〇条の住居侵入罪を構成するかどうかは、市民法的法秩序のもとにおける一般私人の住居若くは建造物への立入行為に対する場合の法的評価とは異り、資本制経済秩序のもとにおいて、使用者に対して経済的劣位にある勤労者のため、団結して交渉する権利を認め、以て労使間の実質的平等を実現して勤労者に勤労者としての生存を確保せしめようとする憲法第二八条並に労働関係諸法規の精神を考慮に入れて判断しなければならない。

よつて考えるに、

(一)  前示認定の如く、全逓静岡地区本部は、昭和三三年一二月五日夜執行委員会を開き、翌六日朝から正午過ぎにかけ静岡市内大谷郵便局並に安西郵便局を対象として点検を行うこと、並にその実施細目について決定し、被告人らはその決定に基いて安西郵便局に赴いているので、被告人らの同局事務室立入の目的は一応点検活動実施のためであつたということができる。検察官は、被告人らの本件安西郵便局立入行為の目的は、同局々長に対する被告人ら多数の共同暴行、脅迫など暴力行使を目的としたものであり、表面上は特定局に対する点検を装つているけれども、その真意は全逓より脱退して全特定に走つた同局勤務の従業員及びその局長に対する威迫、嫌がらせにあつた旨主張する。なるほど、前示の如き被告人らが本件立入に至るまでの前日よりの経過即ち、同年一二月五日午後同市内東若松町郵便局において全逓脱退趣意説明に赴いた島崎茂元らが被告人鈴木、同三枝らを含む全逓労組員から脅迫的言辞を以て脱退翻意を求められ、又同日午後安西局に地区執行委員らが二回に亘り全逓脱退阻止の説得に赴いており、更に当日朝右島崎の所属局である大谷局に被告人ら数名が点検を実施し、その後引続いて全逓脱退・全特定静岡支部結成の中心人物の一人である石川正雄の所属局である安西郵便局に点検のため赴いている一連の動きを考えると、被告人らの意図の内に全逓脱退者ないし全逓脱退を考慮している者に対する示威や、それらの者が勤務する特定郵便局長に対する或る程度の威迫ないし嫌がらせを考慮に入れていたであろうことは推認するに難くない。しかし、翻つて考えて見るに、労働者の団結権は労働者にとつてその最も基本をなす権利であり、団結維持のためにする活動は労働組合にとつて最少限度の権利行使であつて、労働組合の分裂・組織の弱体化は結局当該組合自体の実質的存在を根底から破壊せしめるものに外ならないことであるから、労働組合がその団結維持・分裂防止のため当該組合から脱退を企てる組合員や、これにその影響を与える虞ある者に対して或る程度の示威や威迫的効果を目指す行動に出ることは、それが社会通念上相当と認められる程度を超えない限り放任行為として許さるべき行動といわねばならない。又被告人らが局舎に立入つた後において結果的には暴力的行為があつたことは前記のとおりであるが、証人佐藤一の供述記載、同石垣隆司、被告人鈴木、同甲賀、同三枝の各供述を総合すると、同日朝の大谷郵便局における行動においては、被告人らに暴力的行為があつたとは認められず、又大谷、安西両郵便局の場合とも、点検活動として従来なされていた方法で実際にこれを実施し若しくは実施しようとしていたことも前記認定のとおりであるので、これらを併せ考えると未だ被告人らが点検に名を藉り安西郵便局長に対する多数共同の暴力的行為を目的として同局事務室に侵入したとは認められない。むしろ、前記の諸事情からすれば、それが示威、嫌がらせなどの事実上ないし反射的な効果を伴うべきことを予期していたとしても被告人らの同郵便局事務室立入の主たる目的は点検実施にあつたと認めるのが相当である。果してそうだとすれば点検活動自体は前記認定のとおり、各郵便局における労働基準法、労働協約の不遵守などを点検、調査し、これに対する職場闘争、苦情処理などの要求のもり上りを通じて労働条件に関する法規、協約違反を排除し、よりよい職場環境を作つて行くことを目的とする組合活動であり、又前掲諸証拠に照らし、その遂行の手段・方法においても必しも違法な手段・方法を予定していたものとは認められないから、それ自体としては何等違法なものを内包しているとは認められないので結局被告人らの同局事務室立入の目的には違法なものはなかつたということができる。

(二)  加うるに、点検活動の実施として、労働条件に関する事項を調査点検し、その不備や法規・協約違反のあつた場合に、当該職場管理者に、その改良是正を求めるなどの活動をなすことは、組合員の勤労者としての権利を護り、その地位の向上をはかるため、労働組合本来の存立目的に照らして、必要であり、当然でもある行動というべきである。そうだとすれば、右組合活動の過程において、職場交渉などの必要上、その目的に照して妥当な範囲で労働条件に関する書類、例えば、出勤簿、超過勤務整理簿などの提示、閲覧を求めることも、特に労働協約にその旨の規定があると否とにかかわらず、之亦必要且つ正当な行為といわねばならない。

ところが我国における労働組合は多く企業別労働組合の形態をとり、従つて労使間の交渉も多くその企業施設内で行われ、全逓の場合も前記証人青木勉治の供述記載、同大出俊の供述によれば、全逓下部組織と各郵政局、郵便局管理者との接触、交渉の殆んどが事業施設内で行われていたものと推認されるので、このような事情の下においては、労働組合、本件の場合で云えば全逓の執行機関が前記のような労働条件に関する不備・違反につき是正を求め、或いは交渉をするなど労働組合として必要当然視せられる組合活動をなす場合、その目的達成のため必要な範囲内において事業施設を利用するため、これに立入ることは、その態様・手段が社会通念上容認される程度を超えない限り最大限に許されて然るべきであると解するのが相当である。換言すれば右のような目的のもとに、相当な態様・方法により、目的上妥当な範囲において事業施設を利用のため立入ることは、当該事業施設管理者が特にこれを拒否しない以上本来自由になしうることであるというべきであり、組合執行機関が、右のような限界を守る限りにおいては当該事業施設管理者としても、その立入行為が業務の運営に差支あるとか、労使間の協約、慣行等に反するなど正当な理由のない限り、単に恣意的な考慮からこれを拒否することは許されないものというべきである。ましてや、本件の場合郵便局局舎は公衆の一般利用を目的とする建物(公物)であるからたとえ事務室であつてもその執務時間中は立入を必要とする者に対しては開放されている場所であり、その点からも局舎管理権者である局長がその立入を拒否しうるためにはそれ相当の正当な理由がなければならないというべきである。

(三)  昭和三三年七月頃、郵政省が全逓労組に対して、同労組全国大会が被解雇者を組合役員に再選したことから組合代表者に労働協約締結権能がない、又省側と全逓労組間の信頼関係が失われたなどの理由によつて、中央、地方とも団体交渉を拒否していたことは前記認定のとおりである。しかしながら、郵政省において右団交拒否理由の根拠とした公共企業体等労働関係法(公労法)第四条第三項は、公共企業体等の事業については、たとえその公益性、その他の特殊性を考慮に入れても、労働者が自由に且つ自主的に組合を結成するという団結権の本質的部分まで制約しなければ、公共の福祉に反するということができるかどうかは疑問であり、斯かる意味において右規定は憲法第二八条に違反する疑が少くないばかりでなく、右公労法第四条第三項が憲法に違反するかどうかの点を一応措くとしても、現に全逓労組という公共企業体等の労働組合が存在し、且つ再選された被解雇役員らはその組合構成員の多数が同労組全国大会において自由な意思の下に自らの代表その他の役員として選出したものであること、更に証人大出俊、同中田正一の各供述によると、昭和三三年四月末の役員解雇後同年七月の新潟における同組合全国大会で右被解雇役員らが再選されるまでの間、及び同三四年一二月公共企業体等労働委員会藤林会長の所謂藤林斡旋案受諾以後においては、郵政省は全逓の公労法第四条第三項違反状態には何等変更がないのに拘らず、全逓との団体交渉に応じていること、なお、被解雇役員の解雇そのものの当否について現に係争中であり、その帰趨如何によつてはこれら役員の解雇の効力は遡及的に消滅するであろうこと、又団体交渉の目的が常に協約締結にのみあると解すべきではないことなどの諸点を併せ考えると、当時郵政省が一方的に同条項違反を根拠として全逓との団体交渉を全面的に拒否した措置の合理性、妥当性は甚だ疑わしいものといわねばならない。更に、地方下部機関における団体交渉をも拒否した点に至つては、前記証人青木勉治の供述記載、同大出俊、同中田正一の各供述及び全逓信労働組合静岡地区本部規約に徴すると、たとえ全逓労組が全国的な単一労働組合であるとしても全逓静岡地区本部は、法人として独自の規約を有し、決議機関として地区大会、地区委員会を、執行機関として地区執行委員会を有し、中央本部の指令統制に反しない限り、又中央本部から委譲された事項に関する限り労働組合として独自に単一組織としての活動能力を有し、団体交渉に関する協約が存しなかつたとしても、地区本部として当然団体交渉能力、協約締結能力を有していたものと認められ、他方当時右地区本部を代表する役員が被解雇者でなかつたことも証拠上明らかであるから、斯かる下部組織に対してまでも中央本部役員に被解雇者が存することを理由に団体交渉を一方的・全面的に拒否することは許されないものというべきであり、又前記大出、中田各証人の供述によれば、右団交拒否期間中においても、中央においては郵政省当局と全逓労組中央本部役員殊に被解雇役員との間に屡々事実上の接触交渉が行われて年末首繁忙期の措置など当面の問題が解決されており、地方においては同年一二月一日以降郵政省は従来労働基準法第三六条所定の協定を結ぶ事業場の単位を郵政局としていたのを、個々の郵便局と変更した上相当数の右各事業場において時間外労働に関する協定を結んでいたことが認められるのであつて、斯かる状況に徴すると、信頼関係の喪失を理由に団体交渉を拒否することも亦妥当な措置とは認め難い。しかるに郵政省が全逓労組との団体交渉を拒否してこれに応ぜず、しかも前掲諸証拠によれば労働基準法等を無視した労働状態をつづけていた事業場もあつたと認められる以上争議権の保障のない同組合としてはその間における労働条件の維持改善並にこれに関して生ずべき諸問題の解決のためには各職場における職場交渉などの組合活動に道を求める外なく、斯る意味において全逓にとつては点検活動、職場交渉等の必要性は少なからざるものがあつたといわねばならない。

(四)  次に証人青木勉治の昭和三三年一一月末の全逓静岡地区本部戦術会議において、同年一二月二日以降点検闘争を積極的に行う決定がなされ、その頃同県内各新聞にこれを発表した旨の供述記載、証人加藤節子、同杉山悦子の同人らが伊藤局長から同年一二月六日朝、今日全逓から安西局に点検闘争に来るかも知れぬといわれた旨の供述並びに供述記載を併せ考えると、安西郵便局伊藤局長は当日全逓労組が自局に対して点検することを予知していたことが認められるのみならず、同局長は同局公衆電話室を通つて事務室に入ろうとする被告人らが腕章を巻いていたので全逓の者だと判つた旨述べているので、同局長としては被告人らが来局した理由、目的は当然了知し得たところであり、更に同局長の証言を仔細に検討すると同人が被告人らの入室を拒んだ真意は、被告人らの来局に対し、その理由、目的の如何を問わず、又業務の支障の有無とは関係なくただただこれを拒否するにあつたといわざるを得ないので、同局長のいう「今金を計算しているから入つては困る」旨の拒否理由も単なる場当り的理由に過ぎなかつたと認むべきであつて、たとえ同局長がその頃現金集計中であつたとしても、組合役員である被告人らの事務室入室自体はさほど執務の妨害となるとは云えず、ましてやそのためただちに現金紛失などの危険が生ずる状態であつたとも考えられないし、又既に当日の執務時間はあと約一五分間しか残つていなかつたのであるからこれらの点から考えると点検なる組合活動の目的で来局した被告人らに対する伊藤局長の入室拒否は相当でないものといわざるを得ない。

(五)  又被告人らの入室の手段・態様にしても証人伊藤淳平、同栗田ヨシ江、加藤節子、同杉山悦子、同伊藤君枝らの各供述並に供述記載を比較考察すると、被告人らの本件入室の際の行動は、伊藤局長から入室を拒まれたとは云うものの、さして強引なものであつたとは認められないのであつて、そのことは右各証拠によると被告人らの入室後同局長は自らその席に立ち帰り再び現金集計事務を続行していたことが認められ、右被告人ら立入りの時点においては右事務室内の雰囲気が不穏当ないし緊迫したものであつたとは認められないところからも容易に推認することができる。

以上(一)乃至(五)の如き諸般の事情を相関的評価の下に総合検討すると被告人らの本件立入行為は未だ社会通念上許容せらるべき程度を超えた侵入行為とは認められず、従つてこれを以て「故なく人の看守する建造物に侵入した」行為に該当すると断ずることはできない。従つて本件住居侵入の公訴事実は、被告事件が罪とならないから刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石見勝四 丸尾武良 西岡宜兄)

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